沿革

昭和33年4月 准看護人学校開設
昭和33年5月 財団法人新居浜精神衛生研究所附属准看護人学校に改称し開校
昭和34年11月 准看護人養成所に認可
昭和35年3月 財団法人新居浜精神衛生研究所附属准看護学院と改称
昭和35年12月 泉川准看護学院と改称
昭和54年12月 東城高等看護学院と改称
昭和56年3月 専修学校に認可
財団法人新居浜精神衛生研究所附属東城看護専門学校と改称
高等課程准看護科及び専門課程看護科の2課程を併設
平成4年4月 専門課程看護科定員20名から40名に増員
平成7年1月 東城看護専門学校と改称
平成7年2月 専門課程修了者には専門士(医療専門課程)の称号付与
平成12年3月 高等課程准看護科第40回生をもって課程廃止(卒業総数606名)
平成24年3月 専門課程看護科30回生卒業(卒業総数2年課程専門課程看護科736名)
平成25年4月 3年課程専門課程看護科へ変更

建学の精神

本校の歴史は藤田靖を創始者とし昭和33年、「准看護人学校」高等課程准看護科の設立に始まります。それは、地域の方々の支援と期待の中で一般財団法人としての認可を受け、藤田靖の教育に懸ける「博愛」の精神を通じて、社会に寄与する人材を育成することでありました。

その後、第3代理事長である藤田啓介は、昭和55年、全人教育を基盤とし高度の技術と教養を目的とした専門課程看護科2年課程(定時制)を併設し、昭和56年には名称を現在の東城看護専門学校と改称いたしました。藤田靖の建学の精神の「博愛」を踏襲した第3代藤田啓介の遺志は、財団新居浜病院玄関に刻み込まれた「病める人々の希み、そは母なる海、病める人々にかしずく心、そは紅の炎」の信条です。何よりもまず病める人の心に沿い社会復帰への希望を説いています。それは「社会福祉への奉仕」「人間への愛」「人間への幅の広い科学的理解」を目指しています。

その為、本校は、アメリカ精神衛生運動の創始者であるクリフォード・W・ビアーズの「わが魂にあうまで」の自叙伝のモデルの石像をシンボルとして設置し、「深い人間愛や倫理観に支えられた看護を実践できる人材を社会に送り出す。」ことを本校の使命とし、今日に至っています。